父と息子の循環論

依らしむべし、知らしむべからず。
こんなのいちいち読みたくもないけど16日の夕刊に載ってたしさ。
平成16年度 年次経済財政報告
ツッコミどころ満載だけどいちいち書き出すのが面倒臭いので、海舌の人経由で読んだ河野太郎氏のメルマガからの引用。
Brainstorm2004 in Aspen

今日の午後の日本についてのセッションは、...(言葉もないほど悲惨だった)。
確かに相手は強敵だった。中国やインドといった発展途上経済へのマーケティングに関するセッションとナノテクに関するセッションと日本は再生したかというセッションが同時並行で行われる。
さて、総勢280人のこの会議の参加者のうち、日本に興味があったのは何人か?
インドと中国は会場からして違っていた。メインセッションをやる大テントがそのまま会場になっていた。我が日本のセッションは、小部屋。そして、そこに来たのは26人。何だ一割かと思ったら大間違い。26人のうちの五人はパネリスト、一人は司会、五人は日本から来た参加者、三人はパネリストの友人。参加者は12人!
今、世の中の日本に対する関心はこの程度だ。
セッションはエキサイティングだったと声をかけられたが、どんなよいセッションも聞いてもらえなければ意味がない。
フォーチュン誌のアジア版のエディターが日本に関するメインセッションをやろうとスケジュールを作る時にずいぶんと頑張ってくれたそうだが、結局、他のセッションと並列になり、結果的に中国、インドに惨敗した。
なぜ、日本に対する関心がここまで低いのか。

日本経済に未来が無いから。
美味いところはとっくに喰われちゃってるし。
白書も経済のグローバル化への対応の重要性を説いちゃいるけれど、金ってのは金持ちが好きだからね。
市場が弱いから輸入も減る。今回、デフレ脱却傾向の要因の一つに輸入品価格の上昇が挙げられているが、実に御気楽な物の見方だと思う。それが国産製品の競争力強化に繋がるコトは無さそうだ。
雇用は回復したけれど所得総額が横ばいってのは、つまり平均所得は減少してるってコトで、単純に考えれば、物価上昇は消費を抑制するだけだ。それだけ価格上昇分の家計への影響は大きい。
多分ツッコミ入れてるに違いないと思ったら、やっぱり18日付けでぶった斬ってた
南堂氏はデフレを度々供給過剰な状態と表現するが、それが正しいなら、物価などは実際、無視しても良い問題だ。
熟考されるべきは、消費、即ち可処分所得の割り当てと傾向である。
多分探しゃどっかに資料が転がってるんだろうけれど、例えば、ここ数年の家計負担の上昇、ネット接続及び携帯電話の通信費の増加は大きいと容易に予想できる。この辺りを、マクロ経済学が問題として扱えるのか疑問なのだが、原則として、消費者は常に生産者である、と言う事を忘れがち。需給の均衡が取れさえすればいいのなら、世界に人間は一人も要らない。
何度も書くのはバカみたいだけれど、日本経済が失速したのは過去に消費の限界を無視して生産を続けたから。
その帳尻合わせに生産力の限界を無視して過剰に社会資本を整備しちゃったから。
それが過剰な消費を要求するから、その為に過剰な生産を強いられる。
その悪循環。
もうひとつ、可処分時間の問題があるのだけれど、これが単純には=消費の限界。
金で時間を買えない事も無いけれど。まぁ金も無いし。
以上を踏まえて日本経済再生への処方箋を書くのは簡単。
でもきっと誰もやんない。
時間の無駄だから。


「逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす」(ISBN:4004308755)
こんなのあった。
ニワトリが先か、タマゴが先か。